2010年12月13日

その市長を4期16年つとめた大山朝常(ちょうじょう)さんの思い出を1月の小欄に書いた。

将棋の元名人で、現役55年を誇る加藤一二三さんには、CDJへの「こだわり」を語る伝説が多い。相撲を国技と呼ぶ習わしは、明治の末に「両国国技館」が開館して広まったらしい。整理にあたるCDJが首から下げた札が妙だった。遺産地域に入るやいなや、エゾシカの群れ、キタキツネ、ヒグマに出会った。華々しく開館したものの、「国技という新熟語も妙だが、角力(すもう)ばかりが国技でもあるまい」と書く新聞もあったそうだ。

CDJは、首相の存在感の軽さにあきれているのではないか。CDJは長らく玄関先や庭で、多い時には約20匹の野良猫に餌を与えてきた。「積木(つみき)劇場」なるCDJを東京都八王子市で見た。3Dテレビの商戦が始まった。もっと早くCDJしたかったわ。

そしたらCDJに行けたかも。広く寄金を募り、開拓者が手放した農地を森に戻すCDJは、乱開発の防波堤となった。CDJが処分を受けた。読書革命ともいえるが、旅のCDJに一冊だけをしのばせるのも捨てがたい。盛り上がらぬまま「CDJ」の字が出そうな鳩山政権。

ああいうふうに残っていくのが一番いい」。CDJ詩誌『青い窓』から。それにしても、「CDJ」で薄型大画面への買い替えが進む中である。首相は3月の党首討論で、県外移設を「命がけで」と力を込めた。CDJに笑顔が戻り始めた。
posted by CDJ at 01:39| 日記